ドキュメント
僕とタキグ○くん



それは彼の一言からはじまった
・・・
 「ダイビングツアー売ってるんだからCカードくらいもっとけ!」、営業に来たはずのとらんべーる営業部長○口氏(本人と筆者の名誉のためあえて伏字とさせていただきます)に対しMSCGMとしの容赦ない命令が下されたのは3月半ば、日差しの強い穏やかな日でございました。
 「え〜・・・オレ泳げないんだよなぁ・・・営業にきたわけだし・・・」、瀧○氏はあくまでも拒否の姿勢を崩しません。しかし、としの行動は素早く、さっさと営業のスケジュールとアポイントメントを整え、SDコースに参加できるだけの時間を作ってしまいました。いかに直接の上司ではないとはいえ、タカ派として有名なとしの攻撃・・・口撃に勝てるはずもなく、半ば強制的業務命令により○口氏の長い1日(半日か?)が始まったのです。

楽勝?
 私にその知らせが届いたのはその日の夕方でした。他店へのヘルプ業務を終え、心やすらかに夕日を眺めながらギターを爪弾いて、今日一日のことを思い、明日も良い一日でありますように願いつつ、バーボンをストレートで咽に流しこんでいたのです。
 「ウッシ−あしたタッキ−の担当ね!」能天気にはしゃぐとしの言葉に私は妙な安心感をもってしまいました。
「よっしゃ!タッキ−ビシビシいくでぇ〜」大阪弁を駆使しつつ、私は大きな勘違いをしてしまったのです。
 体験ダイビングの経験もあるし、学科も終わってるし、同じ歳だし・・・こう考えるとまったくもって楽勝な仕事だったはずです。しかし、彼は違っていたのです。

なぜ?もどる???
 イヤだイヤだといいつつも、タキグチくんは優秀な成績でプール講習を終え、意気揚揚とラウラウビーチに向かいました。
私「なんだ、タッキ−全然楽勝ジャン」
タッキ−「意外と簡単だね、水中でマスクはずしても平気だし」
 なんと心強いお言葉でしょう。マスク脱着は誰もが苦手とするスキルなのです。
 ラウラウビーチ到着、午後の営業スケジュールを考え、早めにエントリーしました。いかに身内同然とは言えしっかりとトレーニングしてこそのダイビング講習です。時間を気にしつつもちゃんとしたダイバーに育て上げるのが私の仕事なのです。
 エントリーポイントまで和やかに談笑しつつ、時には注意を怠らず、少しだけフィンを履くのに戸惑いながら、私達は”絶対にできる”という確信を持ちました。
私「じゃ、水面移動しますので目標をしっかり見ながらついて来てください」
タッキ−「は〜い」
 私は泳ぎ出しました。水面で振り返り、やさしくタッキ−を手招きします。
 いよいよタッキ−が泳ぎ出しました。BCに空気を入れすぎたのでしょう、少しバランスが崩れています。しかし、初めての人にはよくあること、バランスの取り方はプールでしっかりとやっています。
 タッキ−は体を少し振りながら泳いでいます。”そうそう、そうやってバランス取って・・・もちょっとBCの空気を抜いて”私はにこやかに応援しました。”もうちょいもうちょ・・・あれ?”タッキ−の様子が変わりました。
 タッキ−は円を描くように泳ぎ始めたのです。
「こっちこっち!!前見て!!」
 私は叫びました。しかしタッキ−はこちらを見ようともせず、それどころか背を向けて泳いでいるのです。
 私はタッキ−に近づきました。しかしすでにエントリーした浅場に戻ってしまいました。
「どうしたんですか!?」
 私は激しく問いかけました。
「フィ・・・フィンが・・・」
 タッキーは半泣きになりながら訴えました。
 見ると少しフィンが足からずれています。
「直しますから、こっち来て」
 私はタッキ−に泳ぎ出すよう即しました。
「やっぱ・・・やっぱ・・・こわい・・・」
「・・・???」
「オレ・・・やめる・・・」
 ここから私の葛藤が始まりました。
 ”できないのはイントラのせいだ!”としの言葉が脳裏をかすめます。まして身内を落としたとなると今後なにを言われるかわかりません。
 ”やる気もないのに業務命令でやらせてんだからしょうがないよ”そんな言い訳が頭の中にこだまします。でも、さらに言い訳させてもらえれば確かにそうなのです。”上司の命令でダイビング”たまにあるのです。興味もやる気もないのに上司に逆らえず講習を受けに来るというのが。少しでも興味があるのならやる気にさせます(予備校のCMみたい)。それも仕事です。しかし強要させられる場合、もうどうしょうもないこともあるのです。
”どうしようどうしようどうしようどうしよう・・・・”約1秒ほど考え、私は結論を出しました。
「帰りましょ」
 その時のタッキーのホッとした安堵の表情は忘れません。
「何が恐いの?」
 私は歩きながらやさしく問いかけました。
「だって深くて青いんだもん」
 ”おまえは子供かぁ〜!”そんな心の叫びをおくびにも出さずなおも問い掛けます。
「プールの方が深いですよ」
「でも、いいや、オレには合ってないよ」
「そんなこといわずに、浅いシュガードックにいってもう一度やりましょうよ」
 私は説得しました。いかにやる気がないとはいえ、このままおめおめと帰るわけにもいきません。
 30分ほど説得したでしょうか。しかしタッキ−の気持ちに変化はありませんでした。
 私達は薄暗い気持ちを共有しつつ昼過ぎ、帰路についたのです。

とし再び
 暗い顔で帰ってきた我々を出迎えたのは能天気に明るいMSC東京倶楽部の面々でした。タッキ−は少し照れくさそうに皆に状況を報告しました。それぞれ暖かい罵りの言葉を吐きつつ、それでも皆タッキ−を思いやり気遣っていました。
”タッキ−ったら愛されているのね・・・うふっ・・・”
 私は少し安心しながら、それでもとしの顔色をうかがいつつ事の成り行きを報告しました。
「なさけねーなぁ、もう一回行ってこい!」
 出ました・・・としの情け容赦のない非情な命令が。
「おれいいよ・・・」
タッキ−は力なく反論します。私はこのときだけはタッキ−の味方でした。早い話が行きたくなかったのです。
「いいから行ってこい!」
 私達は再び海に向かいました。体験ダイビングで使うシュガードックです。しかし、事は5分で終わりました。水に顔を浸けただけでギブアップしたのです。今度は私も説得しませんでした。一言二言慰めの言葉をかけ(ホントは私の方がかけてもらいたいくらいです)言葉少なにお店に戻りました。
 さすがのとしも今度ばかりはなにも言いません。ただ無言で”おまえわかってるな!おまえのせいだぞ”そんなプレッシャーを私は全身で受け止めました。

宴にて
 その夜、MSC東京倶楽部の方々とバーベキューとなりました。一様にタッキ−に気を使ってはいたものの、それなりに酒の肴になり、和やかに時が過ぎてゆきます。しかし、東京倶楽部会長Mr119の放った一言が私の心に深くのしかかります。
Mr119「マサエちゃんだったらタッキ−もはりきったのに!」
 みんな思っていた事です。私も思っていました。しかしそれを言葉にするにはあまりにも私がかわいそうです。
タッキ−「おれはりきっちゃうよぉ」
 私は握りこぶしを振り上げたものの、振り下ろす先もなく無為にリッキー(犬)に八つあたりをしほえられました。
私の心は深く深く傷つき、闇の中に消え去りました。
 なんて嘘ですけどね。ま、しゃーねーか、次回はお望み通りマサエちゃんに苦労してもらおっと。
 でも、これでうまくいったら、俺、ホントに立ち直れないだろうなぁ・・・

余談
僕と瀧口くん・・・暗く辛いドキュメントでしたが、僕にとって少しだけ救われることがありました。同業他社の何人かが”タッキーの方がはるかに年上に見える”と言っていたのです。同じ年同士、並ぶと必ず老けて見られる私にとってわずかながら嬉しい出来事でした。

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